FC2ブログ

プロフィール

オロフレOnly

Author:オロフレOnly
遠ざかっていた山を20数年ぶりに復活させ12年。春夏秋冬、週一で一つの山だけを登っています。また封印していたクライミングを2017年春から再開。

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

旧ブログサイト~2011.11.27 

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

最新コメント

リンク

検索フォーム

QRコード

QR
まとめ

半年振りのオロフレ山

2018年9月16日(日)

9月末にワイヤーを抜く手術の予定だったが、9月10日のCTの結果11月~12月に延びてしまった。
ただ骨の2/3はくっ付いており、衝撃を与えなければ一般の山歩きは大丈夫とのこと。

なので今日から地味なオロフレ山、夏道歩きを始める。


2018-09-16_09-17-52.jpg
例年だとオロフレ山を登り終えて、来馬岳か羅漢岩に入ってる時間帯に登山口に到着。

2018-09-16_10-10-22.jpg
1000Mケルン。ここから30m上部に以前から草が覆い被さり、崩れたケルンがあった。何年か前、石をここに移動させて積み上げた産物。

2018-09-16_10-51-54.jpg
頂上に4人。後続7人が来るのでゆっくり休めそうもない。ので即下山。

2018-09-16_11-20-22.jpg
三角鉄板岩でじっくり左足を休めさせる。

2018-09-16_12-36-08.jpg
登りより下山のほうが時間が掛って、登山口に着いた。



左足内くるぶしは右に比べ、ふた回りくらい大きくなって固まっている。
普段もジクジク、ビリビリの痛みが続いてるが、今日の下山時のほうがやはり痛みの頻度が強かった。
下山では左足の置き場所に注意していたが、右足はそれ以上の注意が必要と分かった。それは右足がつまずいた瞬間、浮いた左足が置き場所に意思を持たないからだ。

“注意一秒怪我一生”

雪崩事故から4か月

2018年7月24日(火)

3月18日の雪崩事故から4ヶ月が経ちました。

雪が降るまでに治るだろうと簡単に思ってましたが、“足関節三果骨折”を経験した方のブログを見ると、結構な時間が掛るようでガッカリしてるところです。

今も内くるぶし側の痛みと腫れが少しあり、足首の屈伸角度も悪いため、正座としゃがむのがうまく出来ません。
現在は外出時に心配なときだけ、装具Bを着けています。

入院中にネジを1本抜きましたが、9月末にワイヤーを抜く手術も予定してます。その他のネジやプレートを抜く手術もいずれ(1年後?)行なうだろうと思います。


事故発生2時間後
スノーバー


装具A(入院中)
装具A


装具B
装具B



オロフレ山の夏道で足首を捻る恐さより、雪の中を自由に歩く方が安全なので、復帰は冬になると思われます。


退院して10日


2018年6月8日(金)

3月18日(日)の雪崩事故から約2ヶ月半の入院生活を経て、5月30日(水)に退院。
オロフレの夏道を歩けるようになるのはいつ頃になるのかな?という感じです。

次冬期のため、無雪期に確認しておきたいルートが何本かあったのですが、ダメそう・・・。
よく“山は逃げないよ“と云われますが、私は昔から“山は逃げるものだ“という概念の持ち主で、なかなか上手くいきません。


さて前回4月21日の記述と重複する部分もありますが、今回の件を自分なりに総括しておきたいと思います。


入・下山ルート      (写真は同時期の2016年3月13日)
2016-03-13_08-39-36-C.jpg




Ⅰ.事故概要
① パーティー : オロフレOnly(リーダー)、Trochan、K氏(M
 RCC)の3名。登攀はOnly、Trochanの2名。
② 装備 : ヘルメット、ハーネス、アックス、バイル、アイゼン、
 ザイル、その他登攀ギア一式及び冬山装備一式。
③ 事故当事者 : オロフレOnly
④ 事故発生日時 : 2018年3月18日午後1時35分頃
⑤ 天候 : くもり、気温-4度くらい
⑥ 事故場所 : オロフレ山羅漢岩A沢
⑦ 事故内容 : 羅漢岩耳岩リッジを登攀終了後、稜線から下山ルー
 トのA沢を下降中、雪崩を誘発し巻き込まれる。事故直後、左足
 足首骨折と判断。
⑧ 応急処置 : 携行のスノーバー2本を添え木として利用。
⑨ 連絡 : 自力下山できると判断し救助要請は無し。


Ⅱ.事故経過
18日の天候は、曇り空の気温低めで風も弱い。陽が差さない分、ツララなどから水滴も落ちず、登攀日和。
ただ2週間前の平地の大雨がオロフレ山域でも大雨だったと予測。その後の寒暖と積雪で雪面の状態がどうなのか?懸念材料になっていた。

09:00 カルルス温泉ゲート
09:20 オロフレトンネル
09:40 羅漢岩出合
10:00 前岩
10:20 前岩の頭
11:30 耳岩
13:25 稜線(登攀終了)A沢下降
13:35 雪崩発生
13:50 K氏に連絡、合流
15:45 車道(覆道入口)
15:49 整形外科病院の緊急外来へ連絡
16:17 カルルス温泉駐車場から自力運転で病院へ。
 ~   入院。


Ⅲ.事故の状況
①羅漢岩出合から稜線まで。(登攀)
・出合からラッセルもなく、浅いステップで前岩まで。各沢に小さ
 なデブリが見られる程度。
・耳岩までは時間短縮のため左側のリッジを登らず、右手を登って
 前岩の頭。
・2本のアックス(バイル)と浅いキックステップでクラスト斜面
 を登り、耳岩下のルンゼ入口。
・60M(9.5mmシングル)一杯なので露岩基部のシュルントを均
 し、スノーバーでビレイを取り、Trochanに10Mほど上がっても
 らう。
・氷結した草付きルンゼ10Mで耳岩基部。
・耳岩横のピナクルに巻いた捨てロープでビレイ。
・ハイ松を踏み越えて雪壁を直上。小岩塔を右側から巻き、草付き
 壁からナイフリッジ。コケと岩の混じった壁を登り、稜線に続く
 尾根に出る。
・A沢を左に見ながら稜線に上がる。
・下降ルートにしているA沢へ。

②事故現場の地形と事故発生(下降)
・稜線から扇状の斜面を前向きで下り、A沢の狭いルンゼに入る。
 圧雪でアイゼンの爪が利く。
・先日の大雨後のアイスバーンの上に浅い積雪と判断し、足早に下
 る。
・A沢で側壁が一番狭まった所(幅約4m)を過ぎ、急斜面の場所
 で体勢を変え、いつものようにクライムダウンに移る。
・2、3歩斜面を蹴り込みながら下った瞬間、バンという音と共に
 幾何学的に割れた雪面が視界に写り、身体が浮く。
・視界に樹木や空が映らず白一色なので、身体は雪の中、を認識し
 ながら流される。
・下は木立が点在してるので、流されながら激突しないよう祈って
 いた。
・白闇(暗闇ではない)の中、3度激突しながら木立を過ぎ、緩斜
 面でデブリに埋まらず座り込んでいた。(全身が埋もれる深さの
 デブリではない)停止時の記憶は無し。

③事後処理と脱出経過(下山)
・まず、頭、手足など全身の動きを確認する。
・左の足首がぶらぶら。足を両手で持って真っ直ぐにすることを何
 度か行う。痛みは感じない。
・沢の上部を見るとTrochanの姿が見えたのでコールすると下りて
 きた。
・後続していたTrochanも流されたが、直ぐに止まったとのこと。
 Tarochanのブログ
・膝下をスノーバー2本で添え木にし、6mmロープでグルグル巻
 きにして靴を固定。
・TrochanがB沢にいるK氏を、尾根に上がり大声で呼ぶが届かな
 いため、携帯で連絡し合流してもらう。
・デブリからトンネル(覆道)上の羅漢岩出合まで80Mを確保さ
 れながら尻で少しずつ下る。
・平坦なトンネル(覆道)の上から下に回り込んで、覆道の窓、ド
 アなどからトンネル内に入れないか、偵察してもらう。
・覆道の窓、ドアの外部は氷結と積雪で塞がれており、足元から下
 が不安定なので侵入は無理とのこと。
・時間的に2人の助けを借りれば、200M先の車道に下りられると
 判断。
・平坦な部分は2人の肩を借りるが、引きずる左足が鉛のように重
 いため、右足のケンケン2、3歩で疲れ、立ち止まってしまう。(後で考えれば左膝を首からぶら下げれば良かったかなと?)
・何度も休みながら進むが、傾斜が出てくると肩を借りられないの
 で、ザイルに結ばれながら両膝でハイハイしてトラバース。
・最後はザイルにぶら下がりながら車道に下りる。
・カルルス温泉駐車場からTrochanの車1台でトンネルに来てるの
 で取りに行ってもらう。
・整形外科病院の緊急外来に連絡する。
・カルルス温泉駐車場で各自の車に乗り換える。
 自宅へ電話後、自力運転で病院へ行き、即入院。


Ⅳ・事故要因と反省
①事故要因
・当日、弱層テトはしてないが、2週間前の大雨が、アイスバーン
 を形成していたと思われる。(先週登った来馬岳がアイスバーン
 状態だった)
・その上に降った雪10~20cmが圧雪、クラストしており、2層に
 なっていた。
・キックステップで登り易く(下り易く)なってたことで、大雨後
 の積雪を少ないと予想し、ほぼ1層に近いと思い込んでいた。
・A沢以外の各沢も急斜度の部分は、小さな衝撃で破断し易い層に
 なっていたと思われる。

②反省
・過去10年間、A沢でデブリを見て無かったことに油断。(B・
 C・D・E)沢では毎年デブリがある。
・雪崩発生に於いては過去経験は当てにならない。
・億劫がらずに、ピッケルで掘り削り、弱層テストをする余裕を持
 つべきだった。
・新雪表層雪崩は予測と注意も可能だが、圧雪表層破断の予想は難
 しい。



オロフレ山の夏道を歩けるようになるまで、ブログの更新は不定期になります。


羅漢岩耳岩リッジ(雪崩事故)

2018年3月18日(日)

3月1日から雪崩危険で通行止めだったオロフレ峠が3月16日に開通。
春の大雨後の先週の来馬岳は、ゲレンデ上部と8合目~頂上はアイスバーン状態だったが、今日のオロフレ羅漢岩はどんなものか?


2018-03-18_09-39-40B.jpg
12月にC沢と耳岩リッジの下部左を終了したが、耳岩の上部は未踏であり今日の目的となった。

2018-03-18_09-50-52.jpg
TarochanとMRCCのK氏が同行。
ただ3人だと時間的に押すと思われるので、Tarochanと2人で組む。

2018-03-18_10-47-10a.jpg
正式ルートにした耳岩下部の左側の岩場を省略し、前岩の頭から耳岩に向けて上部の斜面を直上。

IMG_1035 (1)
雪壁60mいっぱいからから10mのルンゼに入り耳岩基部へ。【Tarochan撮影】

IMG_1046.jpg
耳岩からハイ松を乗り越え、小岩塔の右側を廻り込む。【Tarochan撮影】

2018-03-18_12-44-32.jpg
両側がスッパリ切れ落ちた20cm幅のリッジに乗っかりながら小さなフェース。

2018-03-18_12-37-34a.jpg
B沢の下部で滑落停止訓練などをして遊んでいるK氏。

2018-03-18_13-06-06.jpg
コケと岩の混じったフェース。

IMG_1064.jpg
安定した尾根に出て、A沢を左に見ながら稜線に。【Tarochan撮影】

2018-03-18_13-23-18.jpg
終了13時25分。


下降ルートのA沢を下る。
一番狭まった所を過ぎ、一番急な所をクライムダウンで下降した瞬間、バン!!という乾いた音と幾何学的に割れた雪面と共に身体が落ちてゆく。上に出なければと言い聞かせ、もがこうとするが自由が利かず視界も真っ白。ガツンと立木にぶつかった瞬間、肋骨が思い切り凹み圧迫骨折を覚悟(大昔墜落で痛さを1ヶ月経験)。次に左足首がガツン!(バキッ!と聴こえた気が)。さらにもう一度左足首がガツン!。流されながら左足首がぶらぶらしてるのが分かる。150mほど流され、立木に3回ぶつかったが、運よくデブリの末端付近で止まったので頭、両手、両足を動かして確認。やはり左足首はぶらぶら。その他は正常。そして上部を見ると立っているTarochanが居た。大声で叫び下りてもらう。数メートル上を後続していたTarochanも2次の雪崩に流されたとのこと。左足の状態を説明し、持参したスノーバー2本(50、60cm)を添え木代わりに当て、予備のロープ10m/6mmでぐるぐる巻きにして足首を固定する。B沢にいるK氏を大声で呼ぶが伝わらないため電話を掛けて来てもらう。時刻は14時過ぎ。17時のゲート閉鎖まで時間があるので自力で下山とする。

IMG_1066.jpg
【Tarochan撮影】

IMG_1067 (2)
トンネル上の出合まで80mを確保してもらいながら尻で少しずつ下る。【Tarochan撮影】

IMG_1069.jpg
トンネル覆道の上200mを、平らな所は2人の肩を借りケンケン。トラバース部分は両膝で這って行き、最後にザイルを使って車道に下ろしてもらう。【Tarochan撮影】


09:40 羅漢岩出合
13:25 登攀終了
13:35 雪崩発生
13:50 K氏と合流
15:45 車道(覆道入口)
カルルス温泉駐車場からは緊急外来を予約した病院まで自分の車を運転して行った。
(病名:左足関節三果骨折)(肋骨は意外に軽く10日くらいで痛みが取れた)


2009年4月以降、A沢を何度も登下降しているが、デブリを見たことは無かった。最初の頃は沢の壁際をルートに取っていたが、いつからか平気でど真ん中を取るようになっていた。そして今回は例年にない春の大雨後にアイスバーンとなり、その上に10~20cmの積雪が圧雪になり、2層になっていたと思われる。
滑落、墜落、ビバークなど一通りのことは実体験をしてきたが、雪崩だけは未経験だった。
よく考えれば耳岩までの右側斜面が雪崩なかったのが今思うと不思議だ。


外泊許可が出たので自宅からブログを更新。

ブログの更新は1ヶ月後くらいになります。

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ