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オロフレOnly

Author:オロフレOnly
遠ざかっていた山を20数年ぶりに復活させ13年。春夏秋冬、週一で一つの山だけを登っています。また封印していたクライミングを2017年春から再開。

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『四国八十八ヶ所・歩き遍路スタンプラリーの旅』 その三十七

2015年8月22日(日)

今日は山行きを止めてカテゴリの四国歩き遍路を完結することにしました。

オロフレ山に行かなかったとき、2003年に36日間で結願(けちがん)した四国歩き遍路を回想しながら不定期に連載を始めました。
2013年2月16日から始めたので2年半かかってしまいました。

・・・・
ということで・・・。

写真は当時の古い携帯で撮ったものが少しなため、主にストリートビューを写真代わりに利用しています。

単に自分の思い出を書いているだけなので、興味のない方には申し訳ございません。



※ 四国遍路で打つとは?
  札所を参拝すること。打つというのは、昔の巡礼者が自分の名前を
  書いた木札をお寺 に打ち付けていたことに由来します。


2003年5月14日 37日目
前日、88番大窪寺を打ち結願(けちがん)。9.5km先の白鳥温泉に宿泊。


88-1.jpg
1-8-88-1.jpg
そして今日は白鳥温泉から1番霊山寺まで34.8kmを歩き、四国一週の一筆書きを完成させる。  一日中雨。

多くの歩き遍路が通る道には色々な道しるべがあるのだが、このルートにはほとんど無かったように思う。
道中の記憶があまり無く、ただ海岸沿いで若い人がやっていた豆腐さんで豆腐を食べた記憶がある。その付近から海岸を離れ卯辰越の山中に向ったと思う。

卯辰越坂1
車がほとんど通らず標高差の小さい坂道を歩く。それと比較して遍路19日目の上ノ山 は標高差もありきつかった。

1卯辰越峠
うっすら覚えてるような覚えてないような卯辰越の峠。

大麻比古神社1
地図上でこの神社が見えたら1番はもうすぐ。

高松自動車道1
自動車道の手前を左に折れる。

1番石垣1
石垣の内側は1番霊山寺。

1番1
初日は板東駅からなので正面を見ながら入ったが、最終日は裏手から懐かしの山門に着く。

1番霊山寺
納経所で朱印をもう一回押していただき完結。

歩行距離 34.8km


1番霊山寺から板東駅へ。徳島駅横のビジネスホテルに泊まり、翌日淡路島~関空経由で北海道へ。

行動表
行動表
(行動表の5/13雨は5/14の間違いです)

四国遍路の距離は1200kmとも1400kmともいわれています。山道でショートカットが出来る歩き遍路と車やバスなど乗り物を利用する遍路との違いと思われます。行動表の歩行距離は歩き遍路なら100%の人が使うへんろみち保存協力会の地図を元に算出しています。(今はカラーで見やすそうですね)


四国歩き遍路の動機などは初日のブログからどうぞ。


遍路用に新規購入したローバの軽登山靴は一ヵ月半でこうなりました。靴

『四国八十八ヶ所・歩き遍路スタンプラリーの旅』 その三十六

2015年8月16日(日)

今日は多忙につき山行きを中止。

・・・・
ということで・・・。


オロフレ山に行かなかったとき、2003年に36日間で結願(けちがん)した四国歩き遍路を回想し不定期に更新しています。

写真は当時の古い携帯で撮ったものが少しなため、主にストリートビューを写真代わりに利用しています。

単に自分の思い出を書いているだけなので、興味のない方には申し訳ございません。



2003年5月13日 36日目
87番の門前に位置し、家庭的雰囲気だったあづま屋旅館を発ち、最後の札所88番大窪寺へ。

1-1女体山
87番から88番への歩き遍路道は舗装道路と山越えの二つ。当然ながら山道の女体山ルートを取る。
詳しくはヤマレコの女体山山行記録をどうぞ。

1-3前山ダム
前山ダムの放水口を渡り、小さなたくさんの石仏を見ながら東岸を行く。

1-2女体山登山口
四国八十八カ所の山登りで両手を一番使ったのが女体山だった。またこの山は60番横峰寺のように下りがまた急だった。

03051309440129大窪寺
88番大窪寺 結願

1-4-88番大窪寺
1200kmを共にし、10cmは短くなった金剛杖を奉納して納経。(03年05月13日09時44分)

1-5卯辰越
これで終わりかと思うとそうではない。
本来は終わりらしいが、1番霊山寺に戻ると完全ループになる。
1番へは3ルートある。
①88番から10番切幡寺に行き9番→1番へと逆打ち(41.1km)
②88番から大坂越(44.3km)
③88番から卯辰越(45.0km)
卯辰越をルートに選ぶ。帰ってから歩き遍路のブログを見るとほとんどの人が①ルートだった。
今日中に1番は無理なので大窪寺から9.5km先にある白鳥温泉(当時は町営?)に予約を入れる。

1-6おばあちゃん
白鳥温泉手前でこのような場所だったと思うが、土手下からおばあちゃんが上がってきて「お接待です・・100円を頂く」

1-7白鳥温泉
白鳥温泉


行動表
行動表

歩行距離 25.1km


さて明日(次回)は1番までの残り34.8kmを歩き、旅が終了します。

『四国八十八ヶ所・歩き遍路スタンプラリーの旅』 その三十五

2015年7月26日(日)

昨日、今日、明日と天気予報は雨/雲のマークが連続したハッキリしない天気。

山登りをするとき、中止判断する上で一番困るのが、中途半端な雨。

昨日中に今日の山行きは中止と決める。



ということで・・・。


オロフレ山に行かなかったとき、2003年に36日間で結願(けちがん)した四国歩き遍路を回想し不定期に更新しています。

写真は当時の古い携帯で撮ったものが少しなため、主にストリートビューを写真代わりに利用しています。

単に自分の思い出を書いているだけなので、興味のない方には申し訳ございません。


2003年5月12日 35日目

ホテル~85番
アキレス腱の痛みで休養し、二泊したホテルを早朝に出発。

ため池1
ため池そばの東屋でひと休みしながら山の上の84番八島寺へ向う。

八島寺坂
九十九折の急な舗装道路を30分くらい登る。山道よりこのような石道は負担が大きい。散歩中のおばさんに話しかけられ少しの間立ち話をする。

屋島寺を打ち終わり、ため池まで戻り、85番八栗寺へ向う。

八栗寺ケーブル
ケーブルカーに乗れば5分で85番。
歩き遍路は左の舗装した坂道を行く。
入ってすぐにあったダンゴ屋さん(男はつらいよ46作目・寅さんがさくらに電話した場所)でお接待などを受け、歩くというより登るといったほうに近い坂道を30分で八栗寺に。

平賀
86番志度寺への道沿いに平賀源内の記念館があったので見学。

03051212120124.jpeg
志度寺への途中にあった石灯篭

03051214430125.jpeg
長尾寺近くの田んぼ道

長尾寺
今日の最後、87番長尾寺を打って門前のあずまや旅館にチェックイン。


いよいよ明日は最後の札所88番大窪寺に向う。

行動表
行動表

歩行距離 30.2km

『四国八十八ヶ所・歩き遍路スタンプラリーの旅』 その三十四

2015年6月28日(日)

昨日は終日、風を伴わない冷たい雨がシトシト降っていた。
夜の天気予報で今日は朝まで雨が残り、その後曇り。
中止を決め山行きの用意はしなかった。

・・・・
朝起きると時々小粒の雨が降っていた。今現在は昨日と同じように小雨が降っている。

ということで・・・。




オロフレ山に行かなかったとき、2003年に36日間で結願(けちがん)した四国歩き遍路を回想し不定期に更新しています。

写真は当時の古い携帯で撮ったものが少しなため、主にストリートビューを写真代わりに利用しています。

単に自分の思い出を書いているだけなので、興味のない方には申し訳ございません。



2003年5月10~11日 33~34日目
昨日はビジネスホテルオマツにチェックイン後、79番にタクシーで行き打ち終わっておいたので、今日早朝その距離分から歩き始める。



80→81
住宅地にある80番国分寺を打ち、正面に見える山に向かって急坂を登る。このあたりでおばさんに話しかけられ、長話をした記憶あり。

81分岐
台地に上がり車がほとんど通らない県道180号線を自衛隊演習地を左に見ながら歩く。途中の遍路標識を目印に山道へと入る。(石柱の標識は当時あったかな?)


81番白峰寺を打ち1kmほど戻り、山道を3kmちょっとで82番根来寺。81番~82番の山道には歴史深い石造物が多い。


栗林
82番から今日最後の83番一宮寺まで13.3km。一宮寺から宿泊予定ホテルまで5.3km。
高松市内に入ると急激にアキレス腱が痛み出す。信号待ちから一歩踏み出すのが辛い。歩き出すと痛みは和らぐが、止まった後の次の一歩が出なくなる。

03051013450123.jpeg
当時の携帯で撮った画像。民家の軒先も遍路道。
時間が13:45なので一宮寺前後の路地裏かな?

イーストパーク栗林
翌日になっても痛みがとれないため、連泊して休養にあてる。
近くの店まで食べ物を買いに行くのが精一杯で、すぐ隣の有名な栗林公園を見に行く余裕などなかった。
ここまで来てリタイアなど考えられず、足に向って「何とか頑張ってくれ」と願いをかけていた。


行動表(72と73の番号が逆です)
行動表


33日目 歩行距離 39.1km
34日目 歩行距離 00.0km

『四国八十八ヶ所・歩き遍路スタンプラリーの旅』 その三十三

2015年5月17日(日)

朝起きて外に出てみると南が青空で北は灰色の雲が湧き出ている。今日の天気は悪くないはずだし、と思いながらオロフレ山に向う。


2015-05-17_04-25-42.jpg
厚い雲が標高700m以上を覆っている。

2週間前に取付けた登別側と壮瞥側の冬道ルートが既に終了。
2015-05-17_05-00-38.jpg
ここ展望台ゲートに5時着。風が強く霧雨で気温が2度。標高1000m以上は強風雨だろうと推測され、よって今日は中止。

ということで今週も・・・・・。



オロフレ山に行かなかったとき、2003年に36日間で結願(けちがん)した四国歩き遍路を回想し不定期に更新しています。

写真は当時の古い携帯で撮ったものが少しなため、主にストリートビューを写真代わりに利用しています。

単に自分の思い出を書いているだけなので、興味のない方には申し訳ございません。




2003年5月9日 32日目
72.jpg
隣が72番曼荼羅寺なので普通に朝食を取ってから、珍しくバスの団体さんと同宿になり賑やかだった門先屋旅館を出る。(現在は廃業)
資料を見ると廃業している所が多いです。

72-79.jpg
今日は一日で8ヵ所を打つ。八十八カ所で一番規模の大きい75番善通寺(空海生誕地)と73・79番は記憶あり。他の寺は全然記憶が無い。今日の宿、ビジネスホテルオマツにチェックイン後、タクシーで17時前に79番高照院を往復して打つ。ここ二日間、早立ちが出来なかったので今日終了させ、明日早朝出立して納経時間前に79番を通り過ぎ80番に向うため。

行動表(72と73の番号が逆です)
行動表


歩行距離 25.0km

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