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オロフレOnly

Author:オロフレOnly
遠ざかっていた山を20数年ぶりに復活させ13年。春夏秋冬、週一で一つの山だけを登っています。また封印していたクライミングを2017年春から再開。

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「利尻山登攀史」

取り寄せて目次を開いたとき、全てが何年、何十年も前の記事、記録なのにワクワク感が止まりませんでした。利尻山に魅せられた私にとって、嬉しい一冊となりました。

利尻山登攀史


北海道の山岳ニュース
11/1
◆札幌登攀倶楽部が積雪期の利尻山に挑んだ全国の山岳団体の登攀の歴史をまとめ「利尻山登攀史」を自費出版。難易度が高い積雪期の利尻山にはザイルを使うルートが30以上あり、ヒマラヤ登山を目指す道内外のパーティーが遠征準備で登ってきた歴史がある。1934年の北大山岳部の記録以降、各ルートの初登頂や遭難の歴史を総括、年表や図面も添えた。主なルートを解説した上で、記録約80編を整理。A4判171ページで、初版は300部。希望者には送料込み2360円で郵送。詳しくは、幕田さん:メールアドレスmrccmak5545@gmail.com


    西壁      仙法志・南稜       東壁



山野井 泰史

登山ブームは「楽しむだけ」の登山者を生んだ。
    
ネット上には無数の「山」があふれ、
   
メディアはこぞって気楽な山を紹介する。
      
それにしても.....、
  
アルピニズムは失われつつあるのだろうか。

「どこまでやれるのか」は必要ではないのだろうか。
    
僕は古典的な考えかもしれないが、
   
いつまでも限界に向う道を
   
忘れないでいたいと思っている。



雪崩事故から4か月

2018年7月24日(火)

3月18日の雪崩事故から4ヶ月が経ちました。

雪が降るまでに治るだろうと簡単に思ってましたが、“足関節三果骨折”を経験した方のブログを見ると、結構な時間が掛るようでガッカリしてるところです。

今も内くるぶし側の痛みと腫れが少しあり、足首の屈伸角度も悪いため、正座としゃがむのがうまく出来ません。
現在は外出時に心配なときだけ、装具Bを着けています。

入院中にネジを1本抜きましたが、9月末にワイヤーを抜く手術も予定してます。その他のネジやプレートを抜く手術もいずれ(1年後?)行なうだろうと思います。


事故発生2時間後
スノーバー


装具A(入院中)
装具A


装具B(退院後)
装具B



オロフレ山の夏道で足首を捻る恐さより、雪の中を自由に歩く方が安全なので、復帰は冬になると思われます。


退院して10日(3/18雪崩事故の総括)


2018年6月8日(金)

3月18日(日)の雪崩事故から約2ヶ月半の入院生活を経て、5月30日(水)に退院。
オロフレの夏道を歩けるようになるのはいつ頃になるのかな?という感じです。

次冬期のため、無雪期に確認しておきたいルートが何本かあったのですが、ダメそう・・・。
よく“山は逃げないよ“と云われますが、私は昔から“山は逃げるものだ“という概念の持ち主で、なかなか上手くいきません。


さて前回4月21日の記述と重複する部分もありますが、今回の件を自分なりに総括しておきたいと思います。


入・下山ルート      (写真は同時期の2016年3月13日)
2016-03-13_08-39-36-C.jpg




Ⅰ.事故概要
① パーティー : オロフレOnly(リーダー)、Trochan、K氏(M
 RCC)の3名。登攀はOnly、Trochanの2名。
② 装備 : ヘルメット、ハーネス、アックス、バイル、アイゼン、
 ザイル、その他登攀ギア一式及び冬山装備一式。
③ 事故当事者 : オロフレOnly
④ 事故発生日時 : 2018年3月18日午後1時35分頃
⑤ 天候 : くもり、気温-4度くらい
⑥ 事故場所 : オロフレ山羅漢岩A沢
⑦ 事故内容 : 羅漢岩耳岩リッジを登攀終了後、稜線から下山ルー
 トのA沢を下降中、雪崩を誘発し巻き込まれる。事故直後、左足
 足首骨折と判断。
⑧ 応急処置 : 携行のスノーバー2本を添え木として利用。
⑨ 連絡 : 自力下山できると判断し救助要請は無し。


Ⅱ.事故経過
18日の天候は、曇り空の気温低めで風も弱い。陽が差さない分、ツララなどから水滴も落ちず、登攀日和。
ただ2週間前の平地の大雨がオロフレ山域でも大雨だったと予測。その後の寒暖と積雪で雪面の状態がどうなのか?懸念材料になっていた。

09:00 カルルス温泉ゲート
09:20 オロフレトンネル
09:40 羅漢岩出合
10:00 前岩
10:20 前岩の頭
11:30 耳岩
13:25 稜線(登攀終了)A沢下降
13:35 雪崩発生
13:50 K氏に連絡、合流
15:45 車道(覆道入口)
15:49 整形外科病院の緊急外来へ連絡
16:17 カルルス温泉駐車場から自力運転で病院へ。
 ~   入院。


Ⅲ.事故の状況
①羅漢岩出合から稜線まで。(登攀)
・出合からラッセルもなく、浅いステップで前岩まで。各沢に小さ
 なデブリが見られる程度。
・耳岩までは時間短縮のため左側のリッジを登らず、右手を登って
 前岩の頭。
・2本のアックス(バイル)と浅いキックステップでクラスト斜面
 を登り、耳岩下のルンゼ入口。
・60M(9.5mmシングル)一杯なので露岩基部のシュルントを均
 し、スノーバーでビレイを取り、Trochanに10Mほど上がっても
 らう。
・氷結した草付きルンゼ10Mで耳岩基部。
・耳岩横のピナクルに巻いた捨てロープでビレイ。
・ハイ松を踏み越えて雪壁を直上。小岩塔を右側から巻き、草付き
 壁からナイフリッジ。コケと岩の混じった壁を登り、稜線に続く
 尾根に出る。
・A沢を左に見ながら稜線に上がる。
・下降ルートにしているA沢へ。

②事故現場の地形と事故発生(下降)
・稜線から扇状の斜面を前向きで下り、A沢の狭いルンゼに入る。
 圧雪でアイゼンの爪が利く。
・先日の大雨後のアイスバーンの上に浅い積雪と判断し、足早に下
 る。
・A沢で側壁が一番狭まった所(幅約4m)を過ぎ、急斜面の場所
 で体勢を変え、いつものようにクライムダウンに移る。
・2、3歩斜面を蹴り込みながら下った瞬間、バンという音と共に
 幾何学的に割れた雪面が視界に写り、身体が浮く。
・視界に樹木や空が映らず白一色なので、身体は雪の中、を認識し
 ながら流される。
・下は木立が点在してるので、流されながら激突しないよう祈って
 いた。
・白闇(暗闇ではない)の中、3度激突しながら木立を過ぎ、緩斜
 面でデブリに埋まらず座り込んでいた。(全身が埋もれる深さの
 デブリではない)停止時の記憶は無し。

③事後処理と脱出経過(下山)
・まず、頭、手足など全身の動きを確認する。
・左の足首がぶらぶら。足を両手で持って真っ直ぐにすることを何
 度か行う。痛みは感じない。
・沢の上部を見るとTrochanの姿が見えたのでコールすると下りて
 きた。
・後続していたTrochanも流されたが、直ぐに止まったとのこと。
 Tarochanのブログ
・膝下をスノーバー2本で添え木にし、6mmロープでグルグル巻
 きにして靴を固定。
・TrochanがB沢にいるK氏を、尾根に上がり大声で呼ぶが届かな
 いため、携帯で連絡し合流してもらう。
・デブリからトンネル(覆道)上の羅漢岩出合まで80Mを確保さ
 れながら尻で少しずつ下る。
・平坦なトンネル(覆道)の上から下に回り込んで、覆道の窓、ド
 アなどからトンネル内に入れないか、偵察してもらう。
・覆道の窓、ドアの外部は氷結と積雪で塞がれており、足元から下
 が不安定なので侵入は無理とのこと。
・時間的に2人の助けを借りれば、200M先の車道に下りられると
 判断。
・平坦な部分は2人の肩を借りるが、引きずる左足が鉛のように重
 いため、右足のケンケン2、3歩で疲れ、立ち止まってしまう。(後で考えれば左膝を首からぶら下げれば良かったかなと?)
・何度も休みながら進むが、傾斜が出てくると肩を借りられないの
 で、ザイルに結ばれながら両膝でハイハイしてトラバース。
・最後はザイルにぶら下がりながら車道に下りる。
・カルルス温泉駐車場からTrochanの車1台でトンネルに来てるの
 で取りに行ってもらう。
・整形外科病院の緊急外来に連絡する。
・カルルス温泉駐車場で各自の車に乗り換える。
 自宅へ電話後、自力運転で病院へ行き、即入院。


Ⅳ・事故要因と反省
①事故要因
・当日、弱層テトはしてないが、2週間前の大雨が、アイスバーン
 を形成していたと思われる。(先週登った来馬岳がアイスバーン
 状態だった)
・その上に降った雪10~20cmが圧雪、クラストしており、2層に
 なっていた。
・キックステップで登り易く(下り易く)なってたことで、大雨後
 の積雪を少ないと予想し、ほぼ1層に近いと思い込んでいた。
・A沢以外の各沢も急斜度の部分は、小さな衝撃で破断し易い層に
 なっていたと思われる。

②反省
・過去10年間、A沢でデブリを見て無かったことに油断。(B・
 C・D・E)沢では毎年デブリがある。
・雪崩発生に於いては過去経験は当てにならない。
・億劫がらずに、ピッケルで掘り削り、弱層テストをする余裕を持
 つべきだった。
・新雪表層雪崩は予測と注意も可能だが、圧雪表層破断の予想は難
 しい。



オロフレ山の夏道を歩けるようになるまで、ブログの更新は不定期になります。


先月6月13日(日)オロフレ山で・・・。




オロフレ山の喧騒を避けて超早朝登山をしているので知らなかったが、6月13日に遭難騒ぎ(病気・疲労)?があったようだ。


あの日は展望台ゲートの開通前で、予期しない道路歩きを強いられた多くの登山者がツアーを含め入山していた。


無雪期は技術的に何ら困難さが無く小学生でも登れるオロフレ山だが、様々な人がいると何かとアクシデントもあるようだ。



今週の山行きは7月19日(月)を予定。


今日は山行中止です


夜半過ぎの3時頃、屋根を強く叩く雨音で目が覚めましたが、起きた6時過ぎには止んでいました。
しかし、早足の雨雲が小さな青空を挟みながら次々と流れて行きます。

断続的な雨に当たりそうなので6月1日以来の中止にしました。


という事で、今日はカテゴリ・雑感内の「エスカレート」を改訂版として綴ってみました。




◆エスカレート

人はそれぞれ山を知った年代、性格、考え方で登山スタイルも違ってきますが、山は熱中すればするほどエスカレートしてゆくスポーツで、それが度を越せば道楽?になってゆきます。

低山から高山、近隣から遠方、夏山から冬山、容易なルートから難ルート、そして国内から海外へと・・・。



私の20数年ぶりになる登山復活の動機は健康維持のためです。
ウォーキングを毎日続けるだけの意思はなく、せめて週一登山で積年の運動不足を補おうと思ったわけです。

若い頃、10年続けていた山を止め、残っていた登山用具はウッドのピッケル、耐用年数をはるかに過ぎたナイロンザイル、登攀道具の金物類だけ。
新たに夏用、冬用の登山靴を揃え(昔は夏・冬・岩壁=同じ靴)、若い頃の経験を元に身近な山へと向かいました。

近郊のカムイヌプリ、室蘭岳、来馬岳、オロフレ山、稀府岳、伊達紋別岳、徳舜瞥山、ホロホロ山、羊蹄山を一年を通して登り、さて次は夜行日帰りで春の芦別岳本谷に行こうか・・・

しかし、それが終わったら次は、その次はと考えると、エスカレートの始まりです。

特に単独ではリスクの大きい山域やルートに目が向くと、その限界から必然的に山岳会への入会となります。
しかし、当然ながら昔のレベルに戻れるはずもなく、山岳会で繰り返す中高年相応の山行は果たして充実感を満たしてくれるのだろうか?

体力的、技術的、精神的に跳ね返されるだろう難易ルートを横目で見ながら、一般登山道や容易なルートを行く自分を思い浮かべると・・・。

私の場合はストレスが溜まってゆくだろうな!

そう考えたとき、最初の目的だった「健康維持の手段のためでいいんじゃないか」という結論に至ったわけです。


昔、山岳会に所属していた10年間は、高山植物に興味あらず、頂上や景色さえ二の次という山行を繰り返していました。

一昨年の春だったと思いますが、来馬岳を下山中、登って来る人に頂上の「シラネアオイは咲いていましたか?」と聞かれ「??・・・」という有様。
いまでは同じ場所に咲く、シラネアオイとサンカヨウの成長過程を、誰よりも目にしている私ですが・・。

冒頭に云いましたが山に対する考え方は人それぞれと思います。
当時、山岳会の大先輩に「年代相応の山ってあるんだよ」と云われたことを最近思い出したりしています。

私の場合、これからも【無理せず、エスカレートさせず、自分に在った「やまゆき」】を基本として行くことになります。




昨日、週間天気予報で今日の雨を境に気温が下がってゆくと出ていました。

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