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オロフレOnly

Author:オロフレOnly
遠ざかっていた山を20数年ぶりに復活させ13年。春夏秋冬、週一で一つの山だけを登っています。また封印していたクライミングを2017年春から再開。

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小笠原諸島父島 登山日記 その三


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 5月07日(水) 千歳→羽田
 5月08日(木) 東京竹芝発10:00
 5月09日(金) 父島着11:20
 5月10日(土) 父島
 5月11日(日) 父島
 5月12日(月) 父島発14:00
 5月13日(火) 東京竹芝着15:20
 5月14日(水) 羽田→千歳


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2014年5月9日(金)

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熟睡することができないので夜中に船内をウロウロ。
レストランの入口に貼ってあるツアー会社のリーフレット。

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椅子がガッチリ固定してある。

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鳥島は夜中の1時頃に通過していた。聟島列島を過ぎればもうすぐ父島。

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寝てる人は寝てる。

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時間的に聟島列島が見えるはずだが天気が悪くて見えない。
《写真は帰りに見えた17km先の聟島列島。》

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父島が近づいてきた。携帯電話も到着30分前頃から通じる。

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二見港ターミナル。

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出迎えの人たち。

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若女将さんの車で民宿なぎ屋さんへ。歩いても5分かからない。(写真は5月12日)

84歳になる大女将さんは腰を痛めたそうでゆったりとした日常生活を送っていた。42年前の私のことは覚えていなったが、昔のことを共通の話題としてお話が出来た。現在民宿を経営されている次男さんは五島列島から移住してきたとき12歳で、その頃の小笠原の海の色と今は違うかも知れないといっていた。

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一時的な霧雨が晴れて青空。小笠原ビジターセンターへ。

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郷土民族資料館のような施設で小笠原の歴史などが展示されている。
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二見港の横に広がる大村海岸。

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ハイビスカス

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横道から下校途中の小学生がゾロゾロ出てきた。多くの若者が移住して来てるせいか過疎化とは無縁のようだ。

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夕日のスポットになってるウェザーステーションへ歩いて行く。

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途中、戦跡を見に森に入ったりしながら1時間ほどかけて着く。
母島が一番奥に。二日後に登った高山も見えている。
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5月初旬までフォエール ウォッチングができるらしい。

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なぎ屋に戻る。昔と同じ場所に建っているが、民宿・ホテル街の真っ只中の一角になっていた。(写真は5月12日)
9-民宿なぎや
           民宿なぎ屋 1972年(昭和47年)当時


小笠原諸島父島 登山日記 その四に続く

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