FC2ブログ

プロフィール

オロフレOnly

Author:オロフレOnly
遠ざかっていた山を20数年ぶりに復活させ13年。春夏秋冬、週一で一つの山だけを登っています。また封印していたクライミングを2017年春から再開。

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

旧ブログ2007/6/27~2011/11/27 

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

最新コメント

リンク

検索フォーム

QRコード

QR

オロフレ山の雪崩について

◆雪崩

登別(カルルス温泉)~壮瞥(久保内)間の道路は1988年にオロフレトンネルが開通するまで、冬季間全面通行止めでした。
そのため、オロフレ山域の登別側アプローチの手段は、カルルスス温泉からオロフレ山の峠までの道路9Kmをスキーで登ります。
特に峠の手前2kmは、積雪と雪崩のため道路の様相はなく、ただのフラットな斜面が続くだけでした。

オロフレ山本体のの雪崩の危険というより、アプローチ過程での危険率が高かったと思います。

オロフレ山は標高が低く、喬木帯、潅木帯が多い山なので雪崩の発生は少なく、デブリの痕跡を見たのは2ヶ所だけです。
登別ルート出合の左方面の沢と、小岩峰肩からの斜面でごく小規模なのを見ただけです。
ただ、雪崩の場合は「まさか、こんなところで、今まで無かった所」が、過去の例であり、そう考えると気を抜けない場所は数ヶ所あります。
また、羅漢岩の数本の沢(ルンゼ)は当然ながら雪崩の巣です。

日本の雪崩災害データベースの登別市(1981年~2000年)を見ると、
1990年
2月10日 10:20 登別市オロフレ山 登山中の5名の内1名が雪崩に巻き込まれ400mの崖下に滑落、仲間が救出し病院に運んだが死亡
1998年
1月11日 午後 登別市カルルス町オロフレ峠 山スキーの1人が雪崩に埋没しているのを発見され病院に収容されたが窒息死

とあり、実際の遭難場所は把握していませんが、慎重な行動を要する山であることは確かなようです。

<< オロフレ山の吹雪 | ホーム | 今日は頂上に行けるかな?  2月2日(土)気温-7℃→-7℃ >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム